約束の場所




リークスが引き起こした赤い月の夜が明け、バルドと共に藍閃に戻って幾つかの月が巡った。

この戦いが街に残した爪痕は決して小さくはなかったが、住民たちの努力により修復も着々と進み今では元の賑やかさを取り戻しつつある。
二人が住む宿もそれは例外ではなく、壁や窓が壊され厨房や自室を初めとした部屋も滅茶苦茶に荒らされていたが、今は既にほぼ元通り…否、それ以上に綺麗になった。
バルドがどうせならと改装をした為だ。
「バルド!二階の掃除済ませたよ。」
「おう、お疲れ。疲れただろ、いい時間だしそろそろメシにするか。」
「判った、じゃあこれ片付けてくる。」
掃除道具を手にそう言うと、再び扉の奥へと消えていく。
それを微笑んで見送った後、綺麗に整えられ必要器具も揃ってきた厨房を見渡してバルドは微かな溜息を吐いた。
あの戦いで酷く損傷した宿を修理するに当たって、バルドは幾つか考えるべき事があったのだ。
まず一つが、この後も宿を続けていくか否か。
そもそも宿を始めたのもただの成り行きで、死ぬまでの間を静かにひっそりと過ごすには丁度良かっただけの話だった。
コノエと出会った事で色々な事に気付かされ、その結果生きる気力など尽きかけていた心に生への渇望を思い出させてくれた。
忌まわしい呪いは解けて、そして今共に生きる猫を傍らに置いて此処に居る。
闘牙として生きていきたい欲求がない訳ではない、だが―――――
バルドは未だ包帯で巻かれたままの右手に目を向ける。
力を手に出来ず何もかも失くしたと諦め長い時間を過ごしたけれど、その間に得たのは果たしてあの強いつがいだけだったろうか。
『アンタと会えて良かった、って思ってる猫はアンタが思ってる以上に沢山居るって事だよ。』
何時だったか、コノエにそう言われたことがあった。
その時は、単純だとかそんな訳ないだろうとこっそり思っていたが、案外コノエの言葉は正しかったのかも知れないと思ったのは、皮肉にもこの手の傷と荒れた宿が発端だった。
トキノや藍閃に移り住んで以来世話になっていたゲンさんや近所の露店商や常連の猫達が代わる代わる店に来てはバルドの見舞いや片付けを手伝いに来ては「早くメシとか作れるようになってくれよ」と声をかけられるわ、良く宿に泊まりに来てくれていた猫からも宿が再開したらまた来る、と言われる。
正直、そんなに気にかけて貰えると思っていなかったバルドに対して、コノエは笑って
「俺はあんまり宿を利用したことがないから、他は知らないけど…でも、アンタの宿は居心地が良かった。他の猫達もそうだったんじゃないのか?」
そんなことを口にする。
投げやりにひっそりと過ごしていただけの筈の数年でも、確かにバルドは此処で沢山の猫達と出会い生きる場所を築いて来たのだ。
思えば、誰かを迎え入れ見送る事や作った飯を振る舞い喜ぶ顔を見る事、誰かの休む場所を作る事はバルドにとって苦痛ではない。
寧ろ、闘牙を目指して闇雲に剣を振り回していたあの頃よりも充実していたのかもしれない、と今更の様に思う。
だからこそ、もう一度生き直すならば此処でやり直したいと思うのだ。
今度は、自分らしく自然に―――――強く往ける道を生きる為に。