春夏冬中



「いらっしゃいませ。」
『いらっしゃいませ。』
「毎度ありがとうございます。」
『まいど、ありがとう、ございます。』
「少々お待ち下さい。」
『…少々、おまちください。』
「申し訳ありません。」
『もうしわけ、ありません。』
「ありがとうございました。」
『ありがとうございました。』
「ま、お客さんに良く使う言葉はこんなものかな。」
にこやかに笑ってそう言うのは、コノエの親友で商売猫でもあるトキノだ。
リークスを倒して何回かの月が巡った頃。
バルドが宿の修繕に目処を付けそのまま再開する意向をコノエに伝えた時、コノエはそれに追従して手伝う事を決めた。
―――――バルドと、二匹で生きる為に。
だがコノエの場合、一匹暮らしな上村八分と言う基本的な猫との付き合い自体にほぼ縁がない生活をずっと送っていたのだ。
大多数の猫を相手にした事のないコノエにとって、客商売と言うのは随分と高いハードルの様に思う。
もしかしたら、客に下手な対応をしてトラブルを起こしバルドに多大な迷惑をかけてしまうかも知れない。
―――――それでは、いけない。
そこでコノエは、トキノの店に買出しも兼ねて客商売に対する心構えとコツを聞きにやってきたのだ。
突然の頼みにトキノは一瞬驚きに目を瞬きさせたが、直ぐに何時もの笑顔に戻して快くそれを引き受けてくれた。
そうして、本当に基本的なレクチャーを施した後、やはり笑ってこう言う。
「ま、そんなに硬くならなくて大丈夫だよコノエ。強張らず明るい笑顔で元気に挨拶!猫と相対する時、これが一番大事な事だからね。それは、忘れちゃ駄目だよ。」
ほら肩の力を抜いて、と両手で肩を叩かれて、コノエは思わず苦笑いを浮かべてしまった。
―――――どうやら、自分は酷く緊張をしていたらしい。
「解った…ありがとう、トキノ。」
少し肩の力を抜いて笑うと、トキノは笑顔で頷いた。
「でも、コノエが客商売かあ…初めて聞いた時は吃驚したよ。コノエ、そういうの苦手なんじゃないかって思ってたしね。」
「俺も一寸だけ、そう思う。…でも、バルドがやるって言うし…」
「ふうん…」
どうしてバルドがやるならコノエもやらなければならない、と言う結論になるのか。
そう突っ込もうかと思ったが、やはりそれは野暮と言うものなのだろう、トキノは黙って言葉を飲み込んだ。
「所でコノエ、その服この間宿に届けた奴だろ?結構似合うじゃないか。」
今コノエが着ている服も、宿を再開するに当たってバルドが新しく誂えてくれたものだ。
今まで着ていた服とは比べ物にならないほど上質で動きやすい、とても着心地の良い服ではあったのだが、一つだけ小さな不満はあった。
「…ああ、でもまさか、バルドと揃いとは思わなかったけどな。」
バルドに服を手渡され着替えた後、当のバルドも同じ様な服に変わっているのを見て一瞬眩暈がしたものだ。
まあ、バルドの服もかなり汚れてきてはいたので一緒に服を仕立てるというのが妥当なのは判るのだが、どうして同じデザインなんだ。
バルドは一切気にしていない様だが、こちらはまだ少し恥かしさが残ってしまって困る。
そう話すと、トキノは無遠慮に大声で笑い気にする事ないのに、とコノエの言葉を一蹴した。
「同じ服なら、ちゃんと二匹で宿屋やってるって判るだろ?見分けをつけるには一番やりやすいやり方だよ。」
「バルドにも同じ事言われたけど…そういう、もんか?」
「そういうもんだよ。…それよりコノエ。時間いいの?帰ったらまたバルドさんに字を教えてもらうとか言ってなかったっけ。」
空を見ると、陽の月の位置が来たときよりも大分西に傾いている様だった。
「ああ、そうだ!早く帰らなきゃ、バルドきっと待ちくたびれてる。」
これは流石に早く帰らなければ拙いだろう。
コノエは買出しの荷物を手に持ち、勢い良く席を立った。
「ごめんトキノ!ありがとう、また来るよ!」
「ああ、気をつけて帰れよコノエ。道に迷わない様にな。」
「解ってるよ!全くトキノも一言多い!」
拗ねた様な口調でそう言い放って手を振って立ち去る親友を、トキノは微笑ましい様な羨ましい様な気分で見送った。

注:内容はバルコノオンリーです。