雪月花




暗冬が終わり、ようやく周りも落ち着きだした頃。
酷く底冷えする空気の中一匹掃除をしていたコノエは、不意に何かを感じ空を見上げる。
灰色の空から、白い氷の結晶が舞い降りてきた。

「…あ…」

今年、初めての―――――雪だ。

「もう、そんな季節か…」
暗冬は、冬の始まりを知らせる祭りと言って良い。
あの祭りが終わって以降どんどん寒くなっていたので、そろそろ来るだろう、とは思っていた。

ああ、そういえば、あの時もこれくらい寒かったな。

こうして、冬一番の雪を見る度に何時も思い出す光景がある。
―――――バルドと一緒に見た、初めての雪。
あの日あの晩の凍えるような寒さと、自分を包み込む優しい温もりが、コノエの心に優しく染み渡ってくる。

そして同時に、普段は決して思い出そうとも思わない懐かしい故郷の風景も、瞼の裏に浮かんでくる。
あの、酷く変わり果てた―――――

「コノエ。」
突然、背後から声がかかる。
一体何時からそこにいたのか、振り返る間もなく大きな体がコノエにのし掛かってきた。
「バルド…」
「どうした、この寒いのにぼーっとして。疲れたか?」
「あ、いや…平気だ。」
「そうか。」
ごろごろと喉を鳴らして頬を擦り寄せてくるバルドに、コノエは離れろよ、と顔を背けて腕を押す。
「何だよ、別に良いだろ。」
「よくない!仕事だって残ってるだろ。」
「少しくらい減るもんじゃなし…ったく、あんたはケチだなあ。」
「ケチとかそう言う問題じゃないだろ?良いからとっとと仕事に戻る!」
ぺし、と尾でバルドの背を叩くと、バルドは名残惜しげに頬に口づけを落として手を離した。
「わーったよ。ったく、厳しい女将だ。」
「アンタがサボってばっかりだからだろ。…ってか、誰が女将だって?」
「少なくとも俺じゃない事は確かだ。気味悪いだろ。」
「そう言う問題じゃ…」
じろりと睨むコノエの抗議も軽くいなして、バルドがぽん、と頭を撫でた。
「コノエ、雪も降ってるし外は寒いだろ。もうこっちは良いから二階の窓閉めて部屋の水が足りてるかちょいと見てくれ。」
「え、あ…判った…てか、アンタごまかしたな…」
「さて、なんのことかねえ?」
にやにやと笑いながらコノエの背を押すバルドに、後で覚えてろと吐き捨てて宿へと駆けだした。

「それ終わったら昼飯にするからなー。」
「ああ、判った。」
バルドの言葉に、ふる、と楽しそうに尻尾を振って答える。
もう、コノエの頭の中に先ほどまで掠めていた過去の光景も郷愁に似た感情もなくなっていた。