催眠レインコート




その日は、久方ぶりの雨だった。

「バルド!これどこに置いておけばいい?」
「ああ、それは厨房の方に持っていっておいてくれ。」
「判った。」

リークスとの戦いに一応の決着を迎えた後、藍閃に戻ったコノエはバルドと共に藍閃に留まっていた。
もう一度宿屋の主としてやり直すと決めたバルドに追従するように、宿屋の猫…つがいとして生きていくと決め、こうして一緒に過ごしている。
そして今、半年以上かけてこの宿を修復し漸く本格復帰の目処をつけた彼らは、今は再開に向けての準備を進めていた。

本当に、此処まで来るのに随分大変だったと思う。
迷いの森からぼろぼろの身体を引き摺って戻った二匹を待っていたのは、酷く荒れ果てたバルドの宿と冥戯の猫と死猫や無法者に荒らされ壊滅的なダメージを負った藍閃の街だった。
更にバルドがリークスとの戦いで右手に重傷を負い、コノエ自身も体そのものはバルド程ではないにしろ別の意味でダメージはあったと言う事も事態に拍車をかけていただろう。
兎に角、バルドが怪我を治し普通に生活出来る様になるまで看病をし、トキノやゲンさんにも手伝って貰いながらゆっくりと宿を修復し…やっと厨房から部屋まできっちりと使えるようになったのはつい数日前の事だ。
バルドに言われたとおり厨房に荷物を置いて、改めて周りを見渡す。
修復と言うよりほぼ改築に近かった為だろうか、少しだけ配置を変えて小奇麗になったこの場所を眺めてコノエは心の底から良かった、と思う。
こうして、バルドがまた全てをやり直す事が出来て。
そして、自分がその隣に居られる事も。
「コノエ。」
頭上から降りかかってくる声と頭を撫でる感触に、一瞬にして思考が断ち切られた。
振り返ると、ほんの少し心配そうにコノエを見遣る大型種の縞猫の姿がある。
「どうした、疲れたか?」
「…いや、大丈夫。」
緩く首を振って、安心させるようにバルドに笑い掛けた。
「それより…アンタの方が疲れてるんじゃないのか?此処の所忙しかったし。」
「俺は平気だ。ついこの間まで嫌って言う程休ませて貰ったしな。コノエが頑張ってくれたお陰で体力が有り余っている位だ。」
「そう、なのか…?」
「ああ。だから、お前も無理はするな。」
そう言って覗き込んでくる琥珀の瞳は思いの外優しくて、頭を撫でられても子ども扱いするなと怒る事も出来なかった。
「…解った。」
そう呟きながら頷いて、近付いていた体を少し離す。
バルドはそれを気にした風もなく、ぽん、と頭に手を置くとそのままバルドも自身が手にしていた荷物を置いて、その中にある果実を取り出しコノエの掌に一つ乗せてやった。
「ま、荷物運びの方も一区切りついたし、少し奥で休むか。今日は雨の所為で少し冷えるし、あんまり根詰めて働いて体調崩しても困るしな。」
「あ…うん。」
コノエ自身は疲れている訳では決してないのだが、バルドの方はまだ右手の傷が完全に癒えていない。
天気が悪いとじくじくと痛む、等と話していた事があるため、もしかすると今も少し痛いのかも知れなかった。
無理して使いすぎて痛みが酷くなる前に、休憩は入れておいた方が良いだろう。
行くぞ、と肩を叩くバルドの手に促されるように、二匹で連れ添って部屋に入った。