Iのこころ




あある午後の昼下がり。
一仕事終えたハイプリーストが相方のチェイサーを呼びにパーティ機能の示す場所に行くと、彼はプロンテラの南にある外壁に凭れかかり気持ち良さそうに眠っていた。
「…暢気なものだ。」
口を大きく開けて涎なんて垂らして、なんと間抜けな姿だろう。
目が覚めてる時はそうそう間抜けでもないのに、と思いながらじっと顔を覗かせた。
この目が開いて武器を手に戦いの場に出れば、早く鮮やかに敵を倒し戦場を駆けていく。
その姿はしなやかで、とても優美な獣のようだ。
戦いの最中に、一瞬見惚れそうになる程に。
だが現実を見れば、やはりただのぼさぼさの髪と浅黒い肌の間抜けた男、だ。
「阿呆面…か。全く…」
この差はなんだろうな、と考えながら、無意識にその頬を微かに撫でてみる。
僅かに動く眉に一瞬手を止めるが、まだ覚醒には至らないのかその目は開かない。
そのまま何となく目にかかる前髪をそっと払うと、割と長めの睫毛が影を落とす。
その整った顔立ちは、まさに好青年と呼ぶには相応しい。
そう思った。
「…見た目だけは、確かに…いい男なんだよな…」
「見た目以外もいい男だと思うんだがな。」
瞬間、突然横から伸びた手に片腕を掴まれ、そのまま前に引きずり込まれる。
「…っな…」
「よう、セスタ。遅かったな。」
寝ているはずのチェイサーにあっと言う間に抱きすくめられ、耳元から囁くような声が届いた。
「イスク!おま…起きてたのか!」
「ああ。」
慌てて引き剥がそうとするが、流石に力では適わないのかがっちりと抑え込まれていて離れる事は出来ない。
「お前…それならそうと言え、阿呆。」
非常に楽しそうな相手を、横目で睨みながら溜息と共に吐き出す。
「いや、何時お前がキスでもして起こしてくれるかなーと思って。」
「阿呆か。誰がそんな事をすると思っている。」
「えー、だって王子サマはお姫さんのキスで目が覚めるんだろう?」
「逆だ逆!ええいっほんとに口を近づけるな阿呆が!」
顔を近づけてちゅーの体勢を取るイスクに、セスタはべしべしと相手の顔を叩いてなんとか離させる。
「大体、お前姫でも王子でも似合わない癖に例えが生意気すぎる。」
少し乱れた衣服を整え埃を払いながら立ち上がり、小生意気そうに笑ってみせる。
「良いじゃねえか、見た目はいい男なんだろ?それに、お前はどっちでもいけるんだしな。」
するり、と腰に手をやりにやと笑うイスクに、セスタはその手をぱん、と叩く事で答える。
「それは褒め言葉じゃないな?」
「褒め言葉だ。」
頬に軽くキスをして腰からするりと手を離すと、そのまま一歩前に出た。
「そういえば今日は何するんだっけ?」
「阿呆、モスコビア観光だろ、忘れるなよ。」
そうだったそうだった、とけらけらと笑う姿にセスタはふー、と溜息を吐いた。
「さて、行くかー楽しみだな。」
「全く、なんでそんなに無駄に楽しそうなんだか。」
呆れた表情で呟くセスタに、イスクは少しだけ意外そうな表情を見せる。
「そりゃお前、幸せだからだろ。」
「…幸せって…」
「こうやってお前と一緒にのんびり出来るってだけで十分だからな。」
肩をがっちり掴んでにやりと笑うその表情に、どうしても顔が赤くなってしまうのが止められない。
くそう…目が本気だと良く判る。
「やっぱりお前可愛いな。」
ああ畜生、こいつなんで恥ずかしげもなくそんな事を言うんだ!
「……やっぱり阿呆かお前は……」
本当に真赤になってしまったセスタに、イスクは可笑しいのか尚も笑い続けている。
対するセスタは、不機嫌そうに更に眉を寄せ、ぽつりと呟いた。
「…後な…さり気に服の中に手を入れるのも止めろ…」
「えーケチー。胸元開けてるんだから少しくらい良いじゃねえかー。」
「ちっとも良くないわ、この阿呆!」
足を思い切り踏みつけながらホーリーライトの一発でも食らわせてやろうか、と手に魔力を篭めていく。
「安心しろ、一撃だ。…多分な。」
「きゃーセスタちゃんこわーいw」
きゃーきゃー言いながら逃げていくイスクをセスタは必死の形相で追いかけていく。
「待てっつーのっ!」

とてつもなく子供の様な二人の、たわいものない日々。
だが、このなんでもない追いかけっこですら、彼らにとってはとても愛しいもの。
そして、とても大事なものだと二人はちゃんと気付いている。

それは、とても幸せな事だった。