Let's return to my home



 
 藍閃の一角に、一際異質で大きな建物がある。
 二つ杖が嘗て住居として建造したというその建物――――遺跡とも呼ばれるその場所は、現在祇沙の各所から集められた書物が所狭しと並べられている書物庫、所謂図書館になっていた。
 中には二つ杖の遺した貴重な蔵書も丁重に保管されているが、それは一般に公開されるものではなく領主や別館の賛牙達にのみ閲覧が認められているらしい。
 だが、元々書物を読む猫が少ない所為か中に誰かが居る事は滅多になく、この場所に保存されているものの重要性については正直一般の猫にはどうでもいい感じになっているようだ。
 何時来ても静かで独特の匂いと冷えた空気がする図書館の中で、コノエは一匹本を眺めていた。
「ったくバルドは……なんでわざわざ毎回俺が付き合わなきゃいけないくらい本を借りてくるんだ……」
 少しずつ借りれば良いものを、とバルドに対して漏らしたことがあるが、それを言うとそうそう宿を開けるわけにもいかないだろう、等とどの口が言うかという言葉を返されて一発殴りたくなったのは内緒の話だ。
「しかし……いつ来ても凄い本の数だよな……」
 奥の蔵書もそうだったが、ここにある本でも十分面白いものがある様にコノエは思う。
 今バルドが主に借りてくるのは以前見たような悪魔や呪術に関わる様なものではない、料理や物語の類が多く実際の料理や歌うたいが伝承を語るのとはまた違った感覚で楽しいのだ。
 折角だし自分も何かを借りてみようか、と思って辺りを見回していると、ふと猫の影が見えた。
「あ、バル……」
 バルドか、と思い振り返ると、目前に見たことのない初老の猫が居た。
 白っぽいフードを被った何処か静かな雰囲気を漂わせる猫に、コノエは何故か一瞬言葉を失う。
「……っ……あ、すみません」
 思わず一歩後ずさるコノエを見た瞬間、その猫も驚いて目を瞠った、様に見えた。
「……え」
「…………?」
「お前……は」
 一瞬鋭くなった気がする眼光に、コノエは一瞬ぞ、と怖気が走った。
 何だろう、この目は……この姿は、何処かで見たような――――そんな気が
「コノエ! すまんな、待たせて」
 その猫が再び口を開く前に、奥から幾つかの本を抱えてバルドがひょっこり顔を出した。
「あ、バルド……」
「ん? どうしたコノエ」
 コノエと向き合う見知らぬ初老猫を交互に見遣りバルドが問うと、コノエは半分呆然としながらもちょっとぶつかり掛けた、と答える。
「ああ、そうなのか。連れが悪い事をしたな、すまなかった」
「いえ、……こちらこそ余所見をしていたもので、失礼致しました」
「……あの、本当に驚かせて済みませんでした」
 遠慮がちにコノエがもう一度そう言い一礼すると、それじゃあ、とバルドがコノエの肩を押してその場を立ち去った。
「コノエどうした、大丈夫か?」
 帰り際、何処かぼんやりした様子をしているコノエに、バルドが少し心配そうに声をかける。
「あ、ああいや……ちょっと他に猫が居ると思わなくてさ。初めアンタとしか思ってなかったから、結構吃驚した」
「そうか。まあ珍しいっちゃ珍しいよな。しかもありゃどうも賛牙……別館の猫っぽいな」
「……別館……?」
 バルドの言葉に一瞬耳を震わせると同時にバルドを見上げて、そうオウム返しに問うた。
「ああ、領主に認められた賛牙だけが入れるって言う場所だな。政の補助で祭事を担当してるらしいが……まあ、少なくとも暗冬や繰春なんかの祭りで歌う賛牙は殆どが別館の猫だ」
「……そう、なのか……」
「さっきちらっと見たけど何か小さな楽器持ってたし、あそこの賛牙の猫は大概ローブを全身に着込んでるから、多分そうだろうな」
 ――――別館……の
 コノエの心に、一瞬だけちり、と何か焼け焦げるような痛みが走った。
「……そうか……」
 呟いて、一瞬図書館を振り返る。
「……コノエ?」
 ほんの少し様子が変わったように見えて訝しげにバルドが問うが、コノエは首を横に振った。
「何でもない、それよりもう戻ろう……バルド」
 上の空でそう告げて宿に足を進めるコノエの後を付いていくようにバルドも歩く。
 ふと、空を見上げるとどんよりとした雲が流れ始めていた――――胸の内で沸き始めた何かの予感のように。
「ああ、雨も降りそうだしな」
「……そうだな」
 それを静かに打ち消しながら、二匹は急いで帰路についた。



 そして――――コノエたちが去った後図書館に取り残された初老猫は、暫く一匹で呆然と佇んでいた。
「…………コノエ……?」
 先程出会った、若い猫の名を呟きながら。


オリキャラの名前は本館にいるあの人と同じです(笑)