幻月




 ――――右腕が、じくりと痛む気がする。
 バルドが初めに感じたのは、そんな違和感だった。

「バルド? どうしたんだ?」
 バルドがやけに右手を摩っているのを見て、コノエが心配そうに声をかける。
「ん? ああいや何でもない」
「何でもないって……右手、痛むんじゃないのか?」
 コノエの問いに答えている間もそして今も、バルドの左手は右手に添えられたままだ。
 そっと動かす様子に僅かな不安が過ぎるが、バルドは気にした風もなく軽く手の甲を叩いてコノエに向けて笑みを作る。
「一寸引きつる感じがするだけだ。雲行きも悪いし天気も崩れそうだからその所為だな、きっと」
「そっか……なら、良いけど……」
 やはり何処か心配そうに僅かに耳を下げるコノエの耳をそっと撫でて、そこに唇を落とした。
「傷口が塞がりかけてる時には良くある事なんだよ。医者にも塞がりかけで無茶するとまた酷くなるから無理するなって言われてるしな。心配しなくていい、本当に大丈夫だから」
「……ん。」
 そのまま抱き寄せる腕に大人しく納まる小さなつがい猫に、バルドは薄く笑って頬を摺り寄せ舌でざらりと舐める。
「こ、こら! 何やってるんだよバルド!」
「何って。今日は大人しいからてっきり……」
「てっきりじゃない。全くアンタはすぐそういう事ばっかり……」
「はいはい、悪かったよ」
 抱きしめる腕を解き少し身体を離すと、素早く唇を合わせる。
「バルドっ!」
「さて、仕事の続きするぞ。本格的な雨期に入る前に色々済ませておきたい事もあるからな。頼りにしてるぞコノエ」
「あ、ああ……判った」
 先程とは打って変った口調でコノエの背を押して促す声に、コノエは一瞬虚を衝かれ反射的に頷くとバルドは何かを思い出したようにああ、と声を上げた。
「……まあ何だ。今日の仕事終わったら、マッサージでもしてもらうかな。あんたにしてもらうのは気持ちいいしな」
 頼むな、と笑って見せるバルドに、コノエもようやく心底安心した表情で判った、と返事とともに笑みを返す。
 穏やかな空気の中、僅かに冷えて湿った隙間風が二匹の間に流れ込んできた。
「――――ああ、雨が降ってきたか」
 微かに聞こえる雨音にそう呟きつつ、無意識に右手を摩る。
 コノエは、それをぼんやりと眺めながら何かひっかかるものを感じ取っていた。
 何かは判らない。
 けれども確かに、予兆の様な何かを――――。

相変わらずのバルコノ。受難の一週間です。